言語学との出会い

窪薗晴夫(神戸大学文学部教授)

 私と言語学の出会いは今から30余年前、鹿児島の田舎で過ごした高校時代にさかのぼります。英語青年だった私は、当時人気があった「百万人の英語」というラジオ講座を毎日欠かさず聞いていました。曜日ごとに講師が変わる番組の中の一つが渡部昇一氏による英語語源講座で、その中でfoot-pedal, tooth-dental, kind-gentleなどのペアがそれぞれ共通の語源を持っており、子音の発音が非常にきれいな法則(グリムの法則)に従っていることを学んだのです。言葉に「文法」があることは承知していましたが、音の法則に触れたのははじめてで、とても感動したのを覚えています。

 と言っても、そのまま大学で言語学を学ぼうと思ったわけではありませんでした。哲学を専攻しようと思い大学を受験しましたが夢破れ、大阪外大の門をくぐったのです。失意の中で始めた学生生活でしたが、そこでグリムの法則と再会することになりました。言語学を志したのは、この頃です。

 日本語の研究に関心を持ったのも大阪外大時代でした。当時留学生別科というところで日本語を教えていらした寺村秀夫先生の講義を受講してからです。寺村先生が日本語文法の大家であることは当時全く知りませんでしたが、日本語について素朴な疑問を投げかけるスタイルの授業が実に新鮮でした。

 実際に日本語音声の研究に取り組み始めたのは20代後半にイギリス・エジンバラ大学に留学してからです。音声学の授業も面白かったけれども、「母語である日本語のことをほとんど何も知らない」ということを認識したことが、3年間の留学の一番の収穫でした。以来、自分が日々操っている日本語の構造を研究しています。これは自分の頭の中で起こっていることを知ること、少し大げさに言えば「自分を知る」作業です。

 最近になって「自分を知る」研究は自分の母方言である鹿児島方言に広がってきましたが、この方言のアクセント規則やアクセント変化の中に見事な法則があることを(再)発見したときは大きな感動を覚えました。50年近く母語として使ってきた言語の中に、そしてその言語を操っている自分の頭の中に、こんな美しい規則があったのかと感動するのです。

 私が言語研究の道に進み、今でも言語学者を続けているのは、そのような感動が忘れられないからだと思います。もう少し勉強したら、もっと美しいものが発見できるのではないか、そんなワクワクした気持ちが仕事のエネルギーになっているような気がします。

2006年12月8日 掲載