英語学を専攻した頃

鈴木英一(獨協大学教授)

 英文法が好きで、高校の英語教師を目指して、東北大学文学部に入学した。入学まもない初夏、教養部ではストライキが始まり、しばらく授業がなかった。授業が始まっても、やりたいと思っていた英文法の授業はなかった。

 1967年春、期待を胸に憧れの文学部に進み、安井稔先生の英語学普通講義と英語学特殊講義を履修し始めた。英語学普通講義は、教科書がOwen Thomas (1966) Transformational Grammar and the Teacher of Englishで、大変おもしろかった。学校英文法を引き合いに出しながら、様々な構文や現象について解説される安井先生のお話は英文法好きの心を強く惹いた。疑問文、受動文、動名詞のお話は特に印象に残った。

 ところが、学部・大学院共通の英語学特殊講義の授業は全く様子が違っていた。使用教科書は、Jerold J. Katz (1966) The Philosophy of Languageであり、哲学の問題を新しい言語学の観点から解決を試みるという。安井先生はこの本の重要な個所を拾って、先生自身のお考えを話される。とにもかくにも私には難解であった。予習はおぼつかない。これが英語学か、新しい英文法の研究か、次第に不安が募っていった。

 不安を予感させることがあった。教養部では専門の授業は一つもなく、専門課程の準備として英語学概論と英文学概論の授業があった。秋が深まった頃と記憶しているが、英文学概論の加藤孝先生がある日の授業で、来日した世界的な言語学者の講演を聴かせてくれるということで、大きなオープンデッキのテープレコーダーを回し始めた。ノーム・チョムスキーという言語学に大きな影響を与えている若い学者ですといった説明があった。耳を澄ませたが、分からない。内容について質問されたらどうしようと思ったが、質問はなかった。1966年のことであった。

 もう一つ、記憶に残ることがある。東北大学片平キャンパスに隣接する東北学院大学で日本英文学会全国大会が開催され、紹介されて英語学部門のシンポジュウムを聴いた。時期も内容も詳しくは覚えていないが、その後、お世話になる先生方が壇上におり、「エスエス(Syntactic Structuresのこと)」や「アスペクツ(Aspects of the Theory of Syntaxのこと)」といった言葉が行き交い、大変な熱気が感じられた。これもまた、私の理解力を超える難解な話だった。「文を生み出す文法」、これが新しい英文法のようである。前途多難の感がした。

 英語学特殊講義の時や英語学共同研究室で先輩方が優しく声を掛けてくれる。伝わる噂では、安井稔先生のご指導を受けに全国各地から大学院生が来ているという。ここまで来たからには、英語学の世界に入ってみたいと思った。

2007年6月22日 掲載