英語の「何故」が分るときの喜び(上)

西川盛雄(熊本大学教授)

 英語学の喜びは英語の「何故」が分ったときにあります。分らない事例を自分で調べて分ったときや先生や友人から説明してもらって分ったときの喜びは大きく、次のステップへの励みとなります。英語には説明のつかない不思議な事例や謎が多いのですが、これらひとつひとつに適切かつ丁寧な説明を与えていくことが英語学の役割なのです。英語の研究を通して英語の native speakerの言語的直感あるいは言語能力の本質に近づこうとすることは私たちが英語を学ぶ上でとても大切なことなのです。

 私の場合、言語の研究に入るきっかけはことばに対する素朴な驚きでした。高校時代から詩歌が好きでしたが、「花が咲いている」という文字通りの表現に関して「花が笑っている」と比喩表現を用いた場合、ナンセンスになるどころかむしろ表現効果がより大きくなるのは何故か、こんなことを考えながら道を歩いていたのを覚えています。The village slept. という文に出会って village がただの「村」ではなく、slept との関係で「村人」を含む村全体の雰囲気を意味することを理解したときすでに語の多義性の研究の入口に立っていました。これが英語における無生物主語の研究を経て卒業論文の「擬人法の研究」となり、後の認知言語学や語用論に繋がる伏線となりました。多義性の理由としてメタファー(隠喩)やメトニミー(換喩)などのメカニズムを考察する中で語彙の意味拡張の原理を垣間見る思いがして心高まったのを覚えています。

 学生時代は故小西友七先生から用例を自分で集めることを教わりました。昆虫採集、植物採集ならぬ言語採集の面白さと大切さを教えて下さったのです。小説、エッセー、雑誌、新聞などの英文を読みながら用例をカードに取ります。珍しい例に出くわすと珍種に出会ったような喜びがありました。また故毛利可信先生からは数理的推論の考え方や言語の事実を基盤にしたきめ細かな論証の手続きを教わりました。そこには謎解きのようなスリルがありました。

 以下は語形成に限って思い出すままに興味深い事例をいくつか記してみましょう。

 接尾辞 -ness は形容詞を名詞にすると思い込んでいましたが、nothingness という語に出くわしたときは驚きでした。よくみるとこの接尾辞の前には名詞が来ているのです。小よく大を制す、というわけではありませんが、むしろこの小さな接尾辞の方こそ前位の要素を形容詞にするという発想をもつに至ったのです。事実 nothing の形容詞の意味(insignificant)を妥当な辞書で確認したときはうれしいでした。

 standoffishness という見慣れない語に出くわしたとき、 [stand off] という動詞句が時制などの統語的要因が消され、慣用句(idiom)化されて名詞となり、これに -ish という接尾語がついてstandoffish(よそよそしい)という形容詞となり、さらに接尾辞 -ness によって全体がstandoffishness(よそよそしさ)という抽象名詞になっていることを理解したとき、語形成の面白さに思い至ったものです。そして各接尾辞の付着の順序性は堅く守られているのです。

2007年7月20日 掲載