田中宣廣(岩手県立大学宮古短期大学部准教授)
私の専門領域は日本語のアクセントの研究です。その研究をとおして,私が学んだ言語全般の捉え方をお話しします。
言語の基幹構造を解明するアクセント研究では,何らの人工的操作を施されていない自然言語として地域言語(方言)が対象となります。書きことばや共通語は人工的操作が施されているので,自然言語ではありません。つまり,地域言語を,共通語と違う,地方の日本語としてでなく,全く自然な日本語の姿の一つとして扱うのです。
地域言語を対象とする言語研究には,おおむね,6種類の方向性があります。[1]方言学:現代語の実態に関する研究で,1また複数の地点の方言について,共通語や他の方言との『変異』を主視点に考察します。[2]方言地理学:現代語の実態を材料として,言語の(変化の)歴史を解明します。ある程度以上の広さの地域言語の実態を「方言地図」に描きつつ,文献資料のない地域も含めた変化過程を考察します。[3]社会言語学:言語の社会的役割に関して,言語使用者の社会的要因(性別,年齢,学歴,職業,他)による言語使用の状況や,言語の社会的活用について考察します。[4]言語行動論:言語使用者の会話相手との話の展開の仕方を考察します。[5]自然言語研究:ある言語分野の日本語全体を通しての性質を解明のための自然言語として地域言語が対象となる方向です。例えば,アクセント研究の対象となります。[6]地域言語学:その研究対象とした方言について,「変異」(もしくは「変化」)は主眼点にせず,言語の自然な状態を確認しつつ,言語の基幹構造を解明して記述する方向です。
『方言』の研究と言うと[1]を思い浮かべる人が多いと思いますが,そうでない方向性があって,言語研究では重要な方向となっています。私は,この方向による地域言語研究を実践し,提唱しています。そもそも言語は,「所変われば品変わる」その土地の社会習慣の一つです。よって,地域間の変異は当然のこととして,その体系の根幹にある本質を観察するのが,[6]の方向です。[6]は,また,単に言語構造だけではなく,その地域社会の人々の生活に根付く思考体系を,言語を通して整理することになります。皆さんも,地域言語の観方(みかた)を,一度[6]に向けてみてください。きっと,それまでは霞んでいた,その地域の社会や人々の性質が見えてくることにより地域の方言の理解度が深まり,日本語の真の姿に迫ることができるでしょう。
2009年8月28日 掲載