奥野忠徳(弘前大学教授)
言葉の意味とは何だろうか? 例えば、「鳥」という語の意味を考えてみよう。鳥とは何か?と問われれば、いくつかの答え方があるだろう。鳥の定義を述べることも一つの答えではあるが、鳥の例を出すこともできる。筆者が最近さまざまな学生に、鳥と言われてすぐに思いつくのは何ですか、と聞いたら、カラスが一番多かったが、その他にもすずめ、鶴、つばめ、などが返ってきた。しかし、ペンギンとかダチョウと答えた者は皆無であった。なぜだろうか? どうやら、鳥らしい鳥とあまり鳥らしくない鳥がいるようである。そのような視点から見直してみると、単語の表す対象(物)には、中核的な物、一番それらしい物と、そこからずれている物が段階的に並んでいることに気づく。今は名詞を例に出したが、もし言葉の意味というものが<中核から周辺へ>というふうな仕組みになっているのであれば、名詞以外の品詞もすべてそのようになっているのではないかと推測できる。
例えば、前置詞。前置詞toの意味は何だろうか? 上の考えかたに従うと、toにももっともtoらしい中核的意味があるはずである。これは、go to the park のような例にみられるように、何かが動いてきてある地点に到達するというようなイメージであろう。しかし、英語は、この中核的イメージをさらに発展させている。例えば、My computer isn’t connected to the Internet. のように、何かが何かにくっついているような場合にもtoが使える。これは、次のように考えられる。toの中核的イメージでは、最終的にtoの目的語の場所に到着することになるが、それは、すなわち、その目的語にくっつくことになる。このように、中核的イメージの最終局面だけをもtoが担当することができるようになったのである。また、next toやbe similar toのように、空間的、抽象的に「近い」状態を表す時にもtoが使える。これは、二つのものが近いとき、心の中で一方を他方に近づけているからであろうと考えられる。もしそうであれば、これはtoの中核的イメージに沿っていることになる。逆に、空間的、抽象的に「遠い」時は、toと反対の意味のfromが出てくると予測される。実際、far fromやdifferent fromからわかるようにその通りになっている。語の意味がどのように拡張されるかという問題は興味がつきない。
2008年3月14日 掲載