田中茂範(慶應義塾大学教授)
英語でgive のコアを表現すれば “cause A to GO” となり、受け手が示された場合は、cause A to GO to B となります。すると、give A to B の構文は、AがGOすることが可能なもの(移動可能なもの)に限られるということになります。だから、a headache は不可なのです。Give me a break. のa break も同様に不可です。一方、二重目的語構文の場合は cause [B HAVE A] to happen となり、give B Aの場合には[B HAVE A] という関係が成り立てばよく、Aは移動可能である必要ななくなります。この場合何をgive しているのかといえば[B HAVE A] という状況(ことがら)ということになります。いずれにせよ、give のコアがわかれば、構文上の制約も説明がつくということです。
実は、コア理論の魅力はそれだけではありません。give を伴う句動詞には、give off, give up, give away, give out, give over, give inがありますが、ほとんどの場合、「自分のところから出す」が背後にあり、その出し方、出す方向、あるいは出した結果に焦点が置かれるのだということが分かりました。「give = 与える」の図式でこれらの句動詞を理解しようとしても無理でした。しかし、give のコアを「自分のところ(HAVE空間)から出す」とすることで、give away (気前よく与える、秘密などをもらす)だと「何かを自分のとこから出して、遠くに放つ」、give off(臭い・気体などを出す) だと「何かを自分のところから出して、離れさせる」、give up (やめる、放棄する)だと「何かを自分のところから出して、上方に差し向ける」、give in (提出する)だと「何かを自分のところから出して、どこかに入れる」といった図式融合の考え方で句動詞を理解することが可能となることがわかったのです。
例えば、クリントン女史がオバマとの大統領戦の終盤において、敗北の色が濃くなった頃、”I’m not going to give up, never never give in.”と表現し、支援者からの拍手喝采を浴びる場面がテレビで放映されました。この英語表現はどういう事態を表しているでしょうか。日本語では「私は諦めるつもりはないし、決して相手に負けはしない」 となるでしょう。しかし、これではgive up とgive in の絶妙な組み合わせが伝わってきません。大統領戦はcampaign でありraceです。give up は「走っている途中で(自らを)ポンと上に投げ出す」という意味合いです。そして、大統領選は陣営同士の戦いであり、give in も自動詞で使われていることから、give するのは「自ら(self)」ということで、句動詞としては「自らを差し出して(give)、相手の陣営に入れる(取り込まれる;屈服する;軍門に下る)」といった意味合いになります。このように考えるとクリントン女史の表現が表す事態が感得できるはずです。コア図式の融合(結合)による説明の可能性については、多くの句動詞で検証していますが、大変に説明力が高いということが分かっています。
ここまで有効性が確認されれば、英語教育の可能性としてコア理論を提案主張することができます。そこで、コア理論に基づく初の『Eゲイト英和辞典』(ベネッセコーポレーション)の編纂を行いました。そして、そこからさまざまな応用の可能性が広がっております。
このように本質がわかれば、広範にわたる言語現象が説明可能になる。ここに言語研究、ひいては言語理論の真髄があるように思います。
2009年10月9日 掲載