単語のコアを求めて(1)

田中茂範(慶應義塾大学教授)

 言語学は言語を記述し、説明する学問です。「説明する」ということは、「言語というものは説明可能である」という前提を含んでします。ぼくは、この前提に強い信念を持っています。しかし、問題は「何のために、何を、どのように説明するか」ということです。「何のために」が「何を、どのように」の中味の妥当性を決めるのです。ぼくは、英語という言語に興味があり、「英語教育」に軸足を置いて、英語の研究をしています。そこで、当然、英語を学ぶための役に立つように、英語について説明するということに関心があります。ここではその説明理論の1つであるコア理論を取り上げたいと思います。

コア理論は、「1つの語には1つの本質的な意味(コア)がある」という立場を採る考え方です。ここでgive という動詞を取り上げてみます。giveといえば「与える」が連想されるでしょう。ぼくも「give =与える」を当然のことと考えていました。研究のきかっけとなったのは、She gave a belch.(彼女はゲップをした)という文でした。これは「与える」ではどう考えてもおかしい。そうしてみると、The sun gives light./ Cows give milk. / The experiment gave good results. / Naomi gave an excellent speech. など幾らでも「give = 与える」では理解できない用例が出てきました。極めつけは、ホテルのフロントでI gave my coat to the clerk.という使い方でした。この場合、状況的にみて、コートを「与えた」のではなく「預けた」のです。

 だとするとgive って何だ、ということになります。改めて問い直す――re-searchする――ことが必要となるのです。試行錯誤の結果、「何かを自分のところから出す」というのがgive のコア(本質的な意味)だと分かりました。「自分のところ」とは単に場所を表す「ところ」ではなく、英語でいえばHAVE空間のことで、ここでいうHAVE空間とは主語の所有空間・経験空間のことだといえます。「自分のところから何かを出す」をgive のコアとすることで、感覚的に上記の例はすんなり理解することができました。The sun gives light. にしても、Naomi gave an excellent speech. にしても「自分のところから出す」で理解可能となります。宛先が省略されているのではという疑問もありましたが、She gave a belch.のような使い方を検討すると、「ゲップ」の宛先など考えられません。

 だとすると、give は「自分のところから何かを出す」がコアで、その宛先を示すと「与える」という意味になるのだと考えることもできるでしょう。しかし、この考え方に問題があります。上記のI gave my coat to the clerk. がうまく説明できないからです。宛先はto the clerk によって示されています。しかし、解釈上は、「与えた」という解釈より「預けた」という解釈が優先される状況がこの例です。このように、宛先がto+名詞句で示される場合でも、「give = 与える」ではうまくいかない場合があります。しかし、give のコアを生かして「give =自分のところから出す」と考えると、「預ける」と「与える」の2つの解釈が可能となります。   さらに、コア理論は、構文的な問題を解決する方法になることもわかりました。I gave my coat to the clerk. をI gave the clerk my coat. と表現することが可能です。後者はいわゆる「二重目的語構文」です。しかし、構文が違えば働きも違うため、いつも置き換えができるわけではありません。例えばJohn gave Mary a headache. という文を考えてください。これはJohn gave a headache to Mary. とすることはできません。何故でしょうか。これが「構文的な問題」です。常識的に、頭痛をジョンが持っていてそれをメアリに与えるということはありえないことです。つまり、John gave Mary a headache. のMary は「何かの宛先(受け手)」ではなく「何かを経験する人」なわけです。そこで、Mary とa headache の関係は[Mary HAVE a headache] という意味関係になります。すると、John gave a bike to Naomi. とJohn gave Naomi a bike. は異なった構文ということになります。そしてどう異なっているかを説明するのがコア理論です。

2009年9月11日 掲載