冠詞のおもしろさ

バトラー後藤裕子(ペンシルバニア大学助教授)

英語圏での生活が長くなっても、いまだにどうもピンとこないのは冠詞の使いかたである。英語母語者は4歳ぐらいで、冠詞の基本的な使いかたを身に付けるといわれているが、英語学習者にとっては、なかなかやっかいなものである。日本人にとって冠詞の使いかたが難しいことのひとつに、冠詞には数の概念がからんでいることがあげられるだろう。

You know, Daddy, having ___ fun is what’s hard in ___ college, not ___ work that I need to do for my classes. Many times I don’t know what other students are talking about; their jokes are about ___ past that everyone but me has shared. Being left out is ___ terrible thing (Webster, 1976, p. 12., Daddy long legsより).

これは、「あしながおじさん」の中にでてくるある手紙の書き出し部分である。ところどころ冠詞を抜いてあるが、この文脈で一番適切だと思う冠詞を入れてみて欲しい。

面白いのは、pastの前の冠詞である。私が教えているアメリカの大学院の応用言語学のクラスで、学生(ほぼ全員が英語の教師)に冠詞を入れてもらったところ、12人のネイティブスピーカーの全員が、past の前に不定冠詞のaをいれた。一方、13人のノンネイティブスピーカー(主に、中国語、韓国語、日本語を母語に持つ英語教師たち)の中で、aをいれたものは一人もいなかった。

多くの被験者の間で調査すれば、ネイティブの中でもa以外の冠詞を入れるものが多少は出てくるものの、aが一番しっくりくると答える者が多い。一方、多くの英語学習者にとっては、この使い方は難しいようだ。台湾の学生が、驚いたように言う。「えっー!pastって数えられるの?」聞かれたネイティブの学生は戸惑いながらも、さすがに英語の教師だけあってなんとか説明しようとする。「ほら、いろんなpastがあるでしょ。あなたのpast、私のpast、とかね。」台湾の学生は、まだ腑に落ちない表情をしている。

先日も、面白い事例にでくわした。私の主人は英語母語者だが、日本語もかなり堪能なので、夫婦の会話は、英語と日本語がごちゃ混ぜになっていることが多い。先日、暖房の入りすぎた部屋の中へ入ってきた実家の母が、「まあ、この部屋暑すぎるんじゃないの。空気交換しなさい。」といって、部屋の窓を開けた。「空気交換」という言葉を覚えた主人が、翌日早速私に言った。”Would you like to do a kuki-kokan?” 「空気交換」の前にしっかり不定冠詞が入っている。窓を開けて空気を入れ替えるという行動が、一つのまとまった行為として認識されているのだろう。だから不定冠詞を入れたくなってしまうのだ。

冠詞は本当に奥が深い。

2007年1月26日 掲載