鈴木 猛(東京学芸大学准教授)
大学・大学院の時の英語学・言語学の授業は衝撃の連続でした。中でも動詞周辺の意味の階層は、ことばの普遍性を垣間見ることが出来るので特に印象に残り、今では自分の講義で定番ネタとして使っています。例えば英語では動詞にいくつか助動詞を合わせて使うことが出来ますが、最大・最長で(1)のようなパターンになることはご存じでしょうか?
(1)John might have been being watched.
なんとややこしい、これを覚えなきゃいけないのか、だから英文法は … そんな『壁』を作ってしまう前に分析のお手伝いをさせてください。最後部に動詞がありますが、直前のbeとペアになって過去分詞として受身を表しています(being watched)。その受け身のbeですが、ingが付いていて、すぐ前のもう一つのbeとペアで進行形になっています(been being)。前の方のbeはまた過去分詞で、これはその前のhaveとペアで完了形ですね。(1)ではさらに推量の法助動詞mightがあって、そういう場合完了形が過去時制を表すことができます。こうして骨組みを見てみると、各意味要素が (2) のように並んでいることがわかってきます。
(2)推量-過去-進行-受身-動詞
ついでながら言語学でよく知られているパターンに合わせてより大きな見方をすると次のようにまとめられます。
(3)モダリティ(法)-テンス(時制)-アスペクト(相)-ヴォイス(態)-動詞
それでは次に日本語で対応する表現を考えてみましょう。
(4)太郎は見られていたかも。
述語部分がかなり複雑ですが、これもばらしてみます。やはり動詞からはじめましょう。「見る」がまず受身になって「見られ」、その状態が進行しているということで「てい」、それが過去の出来事だったということで「た」、それが事実かどうかあまり自信がない(推量)ので「かも」。さて並べてみると、(5)のようになります。
(5)動詞-受身-進行-過去-推量
さて、(2)と (5) を比べてみて下さい。何かに気づいてもらえましたか?そうです。全く逆になっているのです。お互いを鏡で見たように見事にひっくり返っていて、このような関係を鏡像関係と呼びます。でたらめに違っているならともかく、正反対というところが気になりませんか?日本語と英語を比較すると語順が正反対になるのはよくあるので(駅から・へ//from・to the station)、少しだけ見る角度を変えて、左右関係を無視し、動詞からの近さという観点から各意味要素がどう並んでいるか見直してみて下さい。そうなんです。動詞からの近さという点では(2)と(5)は全く同じじゃありませんか!動詞を中心に据えてその外側に受身、その外側に進行、… というように、階層関係が等しいのです。
英語を見たときは一見これだから外国語は、といやになりかけたかもしれませんが、実は日本語の助動詞類と全く同じ階層関係に基づいて並んでいるのです。ふだん全く無意識に使いこなしているその法則性で。偶然でしょうか?そうではないことが言語の研究からわかっています。動詞の周辺で人の言語に普遍的に見られる並び方なのです。 もうすでに次に気になることがわき上がってきますね。なぜこのように並ぶのでしょうか?こうして、ことばの魅力は尽きません。
2009年1月2日 掲載