西岡宣明(九州大学教授)
高校時代の私にとって「英語」は暗記が勝負の退屈な科目でした。とりわけ、文法は、試験のためにひたすら丸覚えしたものでした。大学に入り、ことばの研究、特に、ある文がよいと判断され、別の文がそうではないということに関して、母語話者の頭の中に文法があるとし、その原理的な説明を探究する学問があることを知ったのは驚きでした。
例えば、(1) のような文を考えてみてください。(ここで、*は容認されないことを示します。)この対比に関して、肯定文では、someを用い、否定文(、疑問文、条件文等)ではanyを用いると機械的に暗記した人が多いのではないでしょうか。
(1) a. John ate some/*any beans.
b. John didn’t eat any beans.
では、(2) のような文はどうでしょうか?
(2) a. *Anyone didn’t attend the party.
b. *John gave anything to no one.
(3) a. John gave nothing to anyone.
b. Pictures of anyone did not seem to be available.
(2) の文は、いずれも否定文ですが、any(…)の使用が許されません。そして、(3) と比べてみるとanyの使用は単に否定文であればよいというのではなく、否定要素との相対的位置関係が重要であることが分かります。また、(3b) をよくみれば、この相対的位置関係とは単に、左か右かといった語順の問題ではなく、構造の問題であることが分かります。 さらに、(4) を見てみましょう。(下線は強調的強勢をもつことを表します。)
(4) Chris didn’t manage to solve some/*any of the problems―he managed to solve all of them.
(4) は、否定文であり、かつ (1b) と同じく目的語の位置にあるのにanyではなく、someが使われなければなりません。こうなると単純に否定要素との構造関係のみでanyの使用が許される訳でもないことになります。ここでは、否定文の種類が (1b)-(3) までとは明らかに異なります。(4) は誰かが”Chris managed to solve some of the problems.”という文を言った、あるいは考えたりしたことに対して、そうではないと訂正するための否定文です。すなわち、someの使用が許されて、anyの使用が許されない肯定文を前提としているのに対して、先に見た否定文はそのような前提を要しません。ここでは、個々の文の構造の上位のレベルで働く談話的構造が関与しているともいえます。
ことばは、単語をつないで句や文としてコミュニケーションの道具となりますが、それが可能になるためには、作った文の音(手話の場合には、顔や手の動き)と意味の対応が保障されていなければなりません。それを可能にするのが、人間の頭にある計算装置すなわち、文法なのです。そのメカニズムや算出情報の相互作用に関わる構造を研究することは、今後ますますおもしろくなると思います。
2009年3月13日 掲載