【連載: 「痛み表現」について】4

安井稔(東北大学名誉教授)

7. 痛み表現の文法

 ここで、とりあえず、英語における痛み表現としてどのようなものがあるか、ひと渡り見ておくことにしよう。まず、次の (1) である。括弧内は、対応すると考えられる日本語の痛み表現である。

    (1) What is the pain like? Burning? Or aching? “It’s just aching!”
      「痛みはどんな具合ですか、ひどく痛みますか、それともただ痛いだけですか?」「ただ痛いだけです」)

この場合、burningはオノマトペではないメタファーである。「燃える(ような)痛み」という日本語のメタファー表現はあまり普通ではないので「ひどい(痛み)」とした。

 なお (1) におけるachingの代わりに *painingを用いることはできない。「苦痛を与える」という意味の動詞としてpainを用いることは、(皆無ではないにしても)通例はないとするのがよいであろう。Does it hurt you? が広く用いられるのには、*Does it pain you? の欠落を埋めるという面もあるかと思われる。

 名詞用法は、painにもacheにもある。acheの用法でなじみ深いのは、複合語の第二要素としてのものであろう。例えば、head ache, tooth ache, back ache, muscle ache など。「筋肉痛」はmuscle pain とも言う。また、「耳痛」はear acheであり、「目の痛み」もeye acheと言うことがあるようだが, finger ache, toe acheなどはふつうではないようである。このように見てくると、acheを第二要素とする複合語の第一要素は、痛みの生ずる場所を表す語であり、しかも、その場所は日常的に痛みが生じやすいとされている場所であることが分かる。他方、acheが単独で、すなわち複合語の一部としてではなく生ずるのはaches and painsという複合形においてであり、単独形のacheの生起40回に対し16回がこの結合形においてであるという報告もある。例えば、The old man is continually complaining of aches and pains.(その老人はいつもあそこが痛い、ここが痛いとこぼしている)など。

 次の (2) は、メタファーによる痛み表現の代表的例をひとまとめにしたものである。

    (2) a. a burning pain(焼けるような ‘ほてる’ 激しい痛み)
      b. a throbbing pain(ずきずきする痛み)
      His finger throbbed with pain.(彼の指はずきんずきんと痛んだ)
      c. a stabbing pain(刺すような痛み)
      d. a shooting pain(ずきずきする痛み、走る痛み)
      e. a stinging pain(刺すような痛み、ずきずき、ひりひりする痛み)
      f. a nagging pain(しつこい痛み)
      g. a gnawing pain(しつこい痛み)

これだけの例においても、メタファーの形が英・日で一致している場合と、一致していない場合とが見られる。(2a, b, c, e) などはかなり一致しているほうであるが、他は多少ともずれがあるといってよい。「走る痛み」(2d)、「がみがみいうような痛み」(2f)、「がりがりかじるような痛み」(2g)などは、日本語としてあまり熟しているとは言えない表現であるからである。これらは、英語にはあるが日本語には欠けている痛み表現であるということになる。が、既出の「しみる」「しくしく痛む」などは、日本語にあって英語にない痛み表現であるから、痛み表現は、英・日のどちらかが一方的に多いという断定は下しにくいように思われる。

 オノマトペという角度から (2) を見ると、どうなるであろうか。まず、(2) に挙げた七種類の痛み表現は、英語の場合すべて語彙化されている表現で、オノマトペは一切含まれていない。これに反し、日本語の「ズキズキ」「ズキンズキン」「ヒリヒリ」などはオノマトペ的である。throbbingを「脈を打つような」とか「脈拍的、鼓動的」と訳せば語彙化された形となるが、日本語の痛み表現としては気が抜けてしまう。日・英語における痛み表現の違いは、優劣の差としてではなく、文化の違いとしてそのまま受容するしかないであろう。

8. 痛み表現の統語的側面

 ここで、痛み表現の統語的側面について少し見ておくことにしよう。痛みを表す語として、painとacheがあることはすでに述べたけれども、acheが概して体の特定部位と結びついている語であることを思えば、acheよりはpainのほうが無標の(unmarked)語であることは明らかであろう。痛みには、天候(weather)と似ているところがある旨を上で述べたが、その際問題となるのはpainのほうであって、acheのほうではないことも、すでに明らかであろう。

 そういうpainが一般的な修飾要素としてどのようなものをとるか、次の (3) を見ることにしよう。

    (3) acute, chronic, dull, sharp, severe, enduring, slight, constant

これらはいずれも、痛みをいわば外側から見ているときの修飾語で、メタファーとは無縁であるが、ひとたびその内側を覗こうとすると、メタファーの世界となり、既出 (2) に述べたような修飾要素をとることになる。この場合注意すべきは、これらの修飾要素がいずれも動詞の現在分詞であるということ、すなわち、それらが語彙化(lexicalize)されている表現であること、さらに、対応する日本語表現においては、語彙化されていないオノマトペ的表現が多いということである。

 なお、上掲 (3) に列挙した形容詞は、通例、an acute painのように、「不定冠詞+形容詞+名詞」の形で用いられる。これは、painによって指し示される対象が具象化され、「もの」として扱われていることを示す。「痛み」を「もの」として扱う傾向は、次の (4) のような場合、さらにはっきりする。

    (4) Sometimes the pain gets worse.

 けれども、本来、painというのはとらえどころのない天然現象にも似た不可解なものである。とすれば、不可算名詞としての用法のほうが本来的な、いわば無標のものであるということになるであろう。例えば、次の (5) のような場合である。

    (5) a. I woke up in great pain.
      b. cry with pain

2006年11月2日 掲載