「文章・談話論」への誘い

佐久間まゆみ(早稲田大学教授)

 「文章・談話論」とは、日本語の書きことばと話しことばの最大の言語単位である「文章」と「談話」の表現と理解のしくみやはたらきを総合的に解明することを目的とする、日本語学の比較的新しい研究領域の一つである。

 以前は修辞学や作文教育で扱われていた日本語の文章は、20世紀後半の言語研究の史的展開の中で、談話も含めた「文」を越える単位への関心が高まり、1950年に時枝(ときえだ)誠記(もとき)博士が国語学の「文章論」を提唱され、「文章・文体」の分野が確立した。1970年代後半より欧米の言語学の「談話(ディスコース,discourse)」や「テクスト(text)」「語用論(pragmatics)」等の影響で一時混乱しかけたが、1990年初頭に整理統合されて、「文章・談話」と併記するようになった。「文章・談話論」は、コミュニケーション能力を重視する言語教育や言語情報処理、社会言語学、認知科学等とともに、今なお発展途上の未開拓領域である。

 文章・談話論は、構成要素としての複数の文・発話の意味の「つながり」と「まとまり」の解明を課題とする。文・発話のつながりは、隣接する文間や「文脈・話脈」の内容と形式を分析する「文・発話連接・連鎖論」、文・発話のまとまりは、大小様々の話題からなる「文段・話段」を分析する「文章・談話統括論」で扱うが、この場合の「つながり」とは「まとまり」の前提となるものである。

 文章・談話の多重構造の分析は、内容上の一まとまりが他と相対的に区分される「文段・話段」という言語単位を設定する。文・発話と文章・談話の中間にある「段」とは、原則として「中心文」の統括する一話題を表す複数の文・発話からなり、文章・談話の目的や規模に応じた「文段・話段」の多重構造の解明が、日本語学と、留学生30万人受け入れ策の日本語教育の緊急課題となっている。

 大学時代より「段落論」に関心を抱き、日本語の研究と教育を重ねて、1990年に「文章・談話」と併記する教科書を編み、2000年新設の早稲田大学大学院日本語教育研究科で日本語教育学の基礎科学の「文章・談話論」を開講し、院生の研究指導と研究活動を展開してきた。要約文の「文章型」や講義の「談話型」も、文章・談話の研究と教育実践を通して新たに開発された研究課題である。

2010年10月29日 掲載