「古英語へのいざない」

藤原保明(筑波大学教授)

 私の専門は英語史です。そのため、古い時代の英語も読まなくてはならず、苦労することもありますが、現代英語では得られない言葉の面白さに接することができます。私と一緒に、アメリカ人も連れて、今から千年以上前にタイムスリップしてイギリスに出かけてみましょう。すると、驚くべきことがおこります。アメリカ人は英語が全く通じなくて、こんなはずではなかったと思うでしょう。日本人は聞きなれた言葉が意外と多いことに驚くに違いありません。半年から1年すると、日本人の方がアメリカ人より早くその頃の英語を理解できるようになっていると思われます。それでは、なぜそのようなことがおこるのでしょうか? ヒントは古英語と呼ばれるその頃の英語にあります。

 当時の母音字 a, i, u, e, o は日本語の「ア、イ、ウ、エ、オ」と同じように発音されていました。それで、 たとえば hata ‘enemy’ は「旗」、mago ‘son’ は「孫」、nama ‘name’ は「生(なま)」と同じように発音されました。今の英米人はこれらの母音字を [a, i, u, e, o] と発音するのは苦手です。一方、語中で同じ子音が重なると、たとえば bucca ‘male deer’ は「物価」、lippa ‘lip’ は「立派」、henna ‘fowl’ は「変な」のようにダブって発音しました。現在の英語では、apple, little, sudden のような語中の二重子音をダブって発音しなくなりましたから、英米人は日本語の「部下」と「物価」を区別して発音するのは得意ではありません。

 発音だけではなく、語順も日本語に似ていました。たとえば、現代英語の主語+動詞+目的語 (SVO) という語順のほかに、日本語と同じSOVもあり、また、助動詞+本動詞も日本語の「話せる(<話す+できる)」のように逆転することがあり、さらには、日本語の「テニスが上手な」のように、補語が形容詞の前に来たり、前置詞+目的語の語順がひっくり返ったり、などなど、日本語と同じ特徴がたくさん見られます。

 英語が得意な皆さん、昔の英語に挑戦してみませんか。

2007年5月18日 掲載