森 雄一(成蹊大学教授)
「代名詞」と「王様」、全くかけはなれた言葉のように見えますが、思わぬ共通性があります。たとえば、「ダイヤモンドは宝石の代名詞」、「ダイヤモンドは宝石の王様」といった例はどちらも自然に感じられます。また、「そのなかでNo.1のもの」といった意味合いがどちらにも感じることができますね。「温州みかんは冬の果物の代名詞」、「温州みかんは冬の果物の王様」といった表現も同様です。
しかしながら、「シイタケはきのこの代名詞」とは言えても、「シイタケはきのこの王様」とは言いにくいようです。反対に、「マツタケはきのこの王様」とは言えても「マツタケはきのこの代名詞」とは言いにくいですね。「AはBの代名詞」という形式と「AはBの王様」という形式の違いは何でしょうか?
上に「代名詞」も「王様」も「そのなかでNo.1のもの」という意味合いが感じられると述べました。その内実が少し違うようです。「代名詞」は、「最もよく知られたもの」という意味でNo.1なのに対し、「王様」は「何らかの点でもっともすぐれたもの」という意味があるようです。ですから「ユダは裏切り者の代名詞」とは言えても「ユダは裏切り者の王様」とは言えないですよね。「裏切り者」について優劣をはかってもしょうがないという我々の感覚が働くからです。
この二つの表現にはもう一つ大きな違いがあります。「代名詞」で「ダイヤモンド」や「温州みかん」を喩えているとは言えませんが、「王様」は、喩えの表現となっています。このような喩えの表現には、「女王」といった形式も使われます。たとえば、「きのこの女王」と喩えられるのは、白いレースのスカートをはいたような優美な姿をした「キヌガサタケ」というきのこです。その優美さが「女王」と言われる所以です
身近な言葉を観察してみると、似たような使い方をしている言葉のなかに細かな違いを見つけることができます。このような問題を言語学者は、類義表現として分析を行っています。また、やはり身近な言葉のなかには様々な喩えが満ちています。こちらは比喩表現として分析されています。言語学というといかめしい学問のように感じられますが、我々が日常使っている言葉のなかのちょっとした不思議を探究することもできる親しみやすい学問でもあるのです。
2010年3月5日 掲載