松本マスミ(大阪教育大学教授)
今から15年前、私は米国Massachusetts州のNorthamptonという町で9ヶ月を暮らした。冬は雪に覆われている通りも、5月の半ばを過ぎると、まるで緑が爆発したように木々は若葉にあふれ、人々は庭仕事に精を出すのであった。
それから何年かたった春、再びこの町を訪れた私は、一冊の園芸書と出会った。それは、種まきから収穫まで花、野菜、ハーブを育てる方法を解説した本であった。
ページをめくっていくうちに、色とりどりの花の写真が添えられている栽培法の文章の中で、同じような動詞が何度も繰り返し出てくると同時に、文にあるパターンが見られることに気がついた。他の園芸書も同様であった。
園芸書で用いられる動詞を、私は園芸動詞(gardening verb)と名づけた。他動詞系園芸動詞には、sow(~をまく), cover(~に覆いをする), plant(~を植えつける), transplant(~を移植する), water(~に水をやる), thin(~を間引く), deadhead(~の花がらを摘む)などがあり、植物を育てる人の動作や行為を述べている。
園芸書において、他動詞系園芸動詞は、次のような目的語が省略された命令文でよく使われる。
(1) Sow in pots during autumn.
(2) Plant in full sun in dry soil.
(1)で省略されている目的語は、写真に写されている植物の「種子」である。また、(2)では「苗」である。 一方、自動詞系園芸動詞には、植物の成長や開花を述べるgerminate(発芽する), grow(育つ), thrive(すくすく育つ), flower(咲く), bloom(咲く)などがある。これらの自動詞は、園芸書では、主語が省略された形で使われる場合がある。次の文では、「花」が省略されている。
(3) Blooms in June.
園芸書とは、様々な品種の花や植物をどのように育てるかを指示する目的で書かれている。上でみた3つの英語の文で省略されているのは、写真に写っている植物という「(品)種」のそれぞれの「段階」である。さらに、(3)の文は、その品種の花の「特徴を記述」している。
これらの「種」「段階」「特徴記述」というのは、いずれも言語学の「出来事構造」で用いられる概念である。英語の園芸書は、ガーデニング愛好家ばかりでなく、言語学者にとっても興味深い指南書なのである。
2009年6月19日 掲載