関 茂樹(大阪市立大学教授)
英語には see, findなどの知覚動詞を含む文があります。次のような例文を見てみましょう。
(1) We saw him.
通例は、彼に会った、あるいは彼を見た、のように理解することができます。このような文は主語、動詞、目的語(SVO)の語順からなり、とくに問題となることはないように思われます。目的語の him は、人を表しているように見えますが、いつもそうであるとは限りません。次の文を見てみましょう。
(2) Frank Sellers looked at me and said,
“What did you do to that waitress back there?”
“I didn’t do anything,” I told him.
“You were making a pass at her. I saw you.”
(2)の例文(I saw you.)は、外見上は SVO の形式を示しています。しかし、目的語のyou が指し示しているのは、単なる個人ではありません。SVO の形をとっていますが、話し手(you)がウエイトレスに言い寄っていたこと(I saw you making a pass at her.)を伝えています。文章や会話の流れにおいて既知の情報を担う補語は、おもてには現れないということを示しています。
一方、同様な SVO の文を用いることにより、問題となる状況をありのままに伝えるのではなく、ある種のぼかした言い方をすることができます。少々長くなりますが、次の対話の例を見てみましょう。
(3) ‘You think that Robert committed suicide?’ Put in Julius, a
shade eagerly.
‘But he must have, Sir Julius, must he not? After all, we
were all there. We saw him.’
‘We saw him die, madame,’ said Dr Bottwink sombrely.
‘That is the same thing isn’t it? I mean, any other
suggestion would be too shocking!’
この例で、Mrs Carstairs は、SVO 構文(We saw him.)により、あたかも Robert が自殺したかのようにぼかしています。Julius と同様に、邸内で殺人(毒殺)があったことを認めたくないからです。We saw him die. のように、SVOC の形式により、事実をありのままに表すべきところをSVO の文を用いています。必要とされる補語部分の情報をあえて省略し、目的語だけに限定したぼかしがあります。これは、本来あるべきものを欠いた意図的なぼかし表現とみることができます。
では、(2)と(3)は同じ用法を表しているといえるでしょうか。異なっているとすれば、その違いは何でしょうか。(2)のような文では、会話の流れからすでにわかっている情報は繰り返されずに、省略されています。少し難しい言い方をすれば、先行のテクストとの整合に基づいた省略ということができます。一方、(3)のような文は、会話の流れを考慮しているというよりは、会話の場面つまりことばの外の面を考慮したぼかした言い方ということができます。二つの用法は、別のものです。
一見単純な(1)の文が、文章や会話の中に現れると、実はそれほど単純ではないことに気づかされます。単純な文の中に潜んでいる多面性を理解するということも、ことばの研究の楽しみのひとつといえます。
2007年10月26日 掲載