池内正幸(津田塾大学教授)
われわれ人類を人類たらしめている究極的な特性は「言語」であるとして間違いないようです。それでは、その言語をわれわれの祖先はいつごろ獲得したのでしょうか。ヒトの言語は最初はどのような姿だったのでしょうか。学際的研究のひとつとして、進化学、行動生態学、脳神経科学、複雑系の科学、そして、もちろん生成文法、などの諸科学を巻き込む形で最近特に盛んになってきている「言語の起源と進化」研究は、このような問題の解明を目指しており、少なからぬ成果が出てきています。
必ずしも見解が一致しているわけではありませんが、ヒトの言語が現在のような姿になったのは、約20万年~5万年前のホモ・サピエンスの時代だと考えられます。この時点で、われわれの言語の特徴である無限の数の表現を生成できるようないわゆる文法を持った言語になったようです。もう少し原始的な言語は、約200万年前のホモ・ハビリス/ホモ・エレクトスの時代に生まれたと考えられています。
このような言語を可能にした要素は何かというのがまた大問題です。言語は「コミュニケーション」のために発達した、としばしば言われますが、本当にそうでしょうか。コミュニケーションをどう定義するかにもよりますが、仮に、情報伝達による相互理解としてみましょう。ヒトの言語がこの役割を持っていることは明らかですが、それはほんの一部と考えた方がいいと思われます。他に、たとえば、創造的思考、その表現、他人の操作、自然現象の記録、何かを指し示す、言語についての記述(メタ言語機能)、創作、等々、必ずしもコミュニケーションの範疇には入らないような働きがたくさんあります。そこでこう考えたらどうでしょうか。何らかの理由で(おそらくは、遺伝子の突然変異で)ヒトの脳内に言語機能が生じ、それをコミュニケーションを含む上のさまざまな用途に用いたのだと。つまり、言語の発現・進化が先であるということです。こう考えると、毛づくろいではまかないきれないような大集団を維持する必要があったために言語が発達したのではなく、言語ができたので集団が大きくなった、と言うことができます。
典型的な学際的研究である言語の起源・進化研究のさらなる発展のためには、上記諸分野の、お互いを尊重し合った上でのより一層の主体的・活性的統合が必要です。
2007年4月13日 掲載